愛こそものの上手なれ|マイナーユニット使いの哲学
はじめに
対戦型のオンラインゲームでは、環境となる武器やユニット、ヒーローなどが存在する。 運営のさじ加減で決まり、盛者必衰となることもあれば、ずっと環境にいることもある。
- 環境で最強のものを使用し、弱くなったら次の環境に乗り換える人もいるだろう。
- 環境に対するアンチを使用し、とにかく環境ユニットをつぶすプレイをする人もいるだろう。
- 愛をもってして、1つのユニットを極める人もいるだろう。 ゲームの楽しみ方としてはどれも正しい。
私の体験
私のやっているゲームはちょっと特殊で、3つのユニットを試合に持っていくことができる。 3つとも環境のユニットで埋めるもよし、環境に嫌がらせするもよし、愛をもって楽しむことも良しだ。 私には、明確に1ユニットだけ、相棒と呼べるものが存在する。 相棒は環境トップになることはない。 しかし、どうしようもなく使えなくなることもない。 ある意味相棒として最高のユニットだといえる。 他の人が見向きもしない環境でも、私は相棒を採用し続けた。 そして、どんな環境でも相棒は平均点以上は出せるようになった。 これはとても素晴らしいことだ。 どんなときでも平均点以上を簡単に出せるユニットは存在しない。 極めたからこそ、その境地にたどり着くことができたのだと考えた。
マイナーだからこそ
マイナーなユニットへの対策はしていますか? そもそもそんなユニットのスキルやできること、限界は知らないのではないだろうか。 環境ユニットの大きな弱点は、情報だ。 対抗手段が1度練られると、瞬時に共有され、広まってしまう。 それでも強いから環境なのだが、毎回同じような方法で対策されてしまう。 一方マイナーだとどうだろうか? 誰も対策を知らないから、戦況にハマった際に、誰も手を付けることができなくなる。 その刹那、そのユニットはその戦場の環境ユニットへと昇華する。 戦場の支配者が入れ替わってしまうのだ。 これこそ下剋上だ。 これが刺さることは限りなく少ないだろう。 しかし、刺さった際には他の比にならない気持ちよさがあるだろう。
愛を以って
さて、この記事は、マイナーユニットは強い!ということを伝えたいわけではない。 愛なきマイナーユニットは、ただの雑魚となりうる。 そんなよくわからないことをするのだったら、環境ユニットを適当にに使えばよいだろう。 ここでいう適当は、環境ユニットは強いと感じながら、強いといわれる使い方で使うことを指す。 上記の人々は、研究の限りを尽くしたわけではない。 環境の発掘者でもない。 ただただ、強いといわれるから使っているだけだ。 これには致命的な弱点がある。 練度が足りないのだ。 ユニットのことを知り尽くしていないから、強く出るべきときに出れない。 逆に、しょうもないデスを生み出してしまうこともある。 愛があれば、ユニットに対する研究は、楽しく際限なく骨の髄まで行うことができる。 いや、髄とはいわず、細胞一つ一つ、原子一つ一つ、素粒子一つ一つのレベルまで研究することができる。 この際限なく研究された使い手によるユニットは、強い。 当たり前だろう。 環境ユニットへの対策はもちろん済んでいる。 環境ユニットのアンチへの対策ももちろん済んでいる。 マイナーユニットへの対策までも済んでいる。 死角など全く存在しない。 愛さえあれば、勝利を呼び寄せることができる。 皆さんには、ユニットへの愛をもって頂きたい。 いや、愛は自然に持っているものだ。 さすれば貴方に勝利が訪れるだろう。
まとめ
筆者は深夜テンションで執筆しているが、一体何を伝えたかったのだろうか? オンラインゲームの話? 愛と研究の話? 究めることの重要性の話? 自分でもわからないが、どれも違うと思う。 思考の末、好きこそものの上手なれという言葉が発掘された。 いや、筆者が発掘したのは、愛こそものの上手なれだ。 愛を以って物事と関われば、上手くなる という名言を残して締めよう。