普通の方法じゃ勝てない|ゲームと人生の戦略論

ゲームの話

私にはランカーのフレンドが居る。 彼とは少し疎遠となっていた。 偶然、久しぶりにゲームを一緒にプレイすることになった。 彼のユニット構成は、いわゆる普通ではなかった。 問うてみた。 返ってきた答えはこうだ。 「環境ユニットを使用すると、強くはあるが、戦況をひっくり返すことはできない。」 言われてみればそうである。 みんながみんな、環境ユニットやそのアンチとなるユニットばかり使用している。 そこで、戦況を自分の方向へ傾けるには、普通じゃない方法を使用するしかない。 上位層は、特殊なユニット構成をしている人が数多く、逆に戦場の多様性が保たれているらしい。 こうやって考えてみると、良く出来たゲームである。 研究家を名乗っている割には、研究で大差をつけて負けてしまっていた。 悔しい限りである。

現実の話。

ふと考えた。 これってゲームに限ったことだろうか? 普通に生きていると、強くはある(安定している)が、大勝したり、不利を有利にしたりすることはできない。 かといって、考えてみると、普通でない方法とは何だろうか? となってしまう。

ゲームの話2

このような時こそ、ゲームに例えて考えてみよう。 読者の皆様も、自分のプレイしているゲームで考えていただきたい。 敵が長槍を持っているとしよう。 長槍を持つと、両手がふさがってしまうため、もちろん盾を持つことができない。 また、穂先では刺突、斬撃が行えるが、柄では払うことしかできない。 この場合、敵を倒すメジャーな選択肢は大きく分けて2つある。 一つは、敵の届かない距離から遠距離攻撃を放つことだ。 敵は盾を所持していないため、防ぐことができずに、倒すことができる。 二つ目は、槍を防ぐ盾を用意することだ。 長槍は取り回しがとても悪いため、懐に入られると弱い。 そこで、穂先さえ盾で防げば、倒すことができる。 倒し方はこれだけとは限らない。 事前に落とし穴を仕込むこどだってできるし、相手より長い槍を持てば、一方的に攻撃できる。 長槍を持っている敵は、盾や遠距離はもちろん想定しているだろう。 しかし、まさか自分よりも長い槍がある、まさか落とし穴があるなどとは想定できないだろう。 ゲームで例えると考えやすいのではないだろうか?

現実の話。2

人生というゲームを有利に進めるためには、普通の人と、異なる手段を取らなければならない。 これは、よく聞く言葉だろう。 普通の人ってなんだろうか? 挑戦をしない、リスクを取らない人を指すのだと筆者は考える。 ブログを書くということは、別に普通のことだとは思うので、筆者もなにか挑戦しようかな?